化学品の市場調査、研究開発の支援、マーケット情報の出版

「工業材料」(日刊工業新聞社) 2005年4月号に掲載

                             ㈱シーエムシー・リサーチ
                          プロジェクトマネージャー 荒牧 清
                                 代表取締役 須藤正夫
 

 
 研究開発段階から2005年は事業化段階へ
 
 イオン性液体は常温で陽イオンと陰イオンがイオン結合状態で存在する液体で,水,有機溶媒に次ぐ「第3の液体」ともいわれる。
 「燃えない」,「飛ばない」,「電気を通す」性質から,電子デバイスの分野では電気二重層キャパシタ,燃料電池,リチウム電池,湿式太陽電池の電解質として実用化研究が進められている。
 本稿では電解質用を中心に述べるが,化学産業で有機溶媒に替わり,環境に配慮した合成や触媒反応に用いるグリーンソルベントの研究開発も活発だ。
 イオン性液体は,イミダゾリウムイオン,ピリジニウムイオン,アンモニウムイオン,ホスホニウムイオンなどの有機カチオンとBF4-,BF6-などの無機または有機アニオンから成る塩で,比較的低温で液体状態となり広い温度範囲で液体状態を示し,その特性は,引火性・可燃性がなく,熱安定性が高く,粘性が低く,イオン伝導性が高いことなどが挙げられる。
 イオン性液体の多くは3級アミンにハロゲン化アルキルを反応させた4級アンモニウム塩かハロゲン化物イオンを他のアニオンに交換したもので,イミダゾール誘導体のアンモニウムカチオンとフッ素系のアニオンを組み合わせたものの応用研究が進んでいるが,この他にも多くの種類が研究されている。
 
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  図1 事業化が検討されているイオン性液体の用途


 
 イオン性液体の用途開発の到達点と課題
 
 1. 先行する電気二重層キャパシタの開発
 
 電子材料分野で,イオン性液体が電解質として採用される可能性が最も高いのが電気二重層キャパシタ(EDLC)である。EDLCは,電子移動反応で化学的にエネルギーを貯蔵する二次電池に比べ大電流で急速な充放電が可能で,充放電する時の損失が少ないうえサイクル寿命は際立って長く,省エネルギー化に適したデバイスといわれている。最近,大型の製品が開発され電気自動車,ハイブリッド車,燃料電池自動車向けの二次電源としての応用が期待されている。
 EDLCの電解液は,基本性能として,電気伝導率,分解電圧,電気二重層容量が高いことに加え広い使用温度範囲が要求されるが,現在の固体のアンモニウム塩を溶質とした電解液は,低温・高温域での充・放電効率低くエネルギー密度が二次電池に比べて小さいなどの課題をかかえている。これに対し,イオン性液体を電解質として用いた場合,安全性が高く,電気化学的に安定で,耐熱性に優れ,電気二重層容量も大きく,駆動電圧の向上が期待できる。また,エネルギー貯蔵デバイスとして応用する場合の難易度はリチウムイオン電池よりも低いとみられており,2003年には新規のイオン性液体の開発と合わせイオン性液体を用いたEDLCも試作され,自動車用の用途開拓が活発化している。
 
 2. 安全性に優れたリチウムイオン電池用電解質
 
 イオン性液体は,不揮発性,不燃性という特徴から,安全性に優れたリチウムイオン二次電池用電解質材料としての応用が考えられる。
 現在,市販されているリチウムイオン電池の電解液は2種類あり,エチレンカーボネート(EC)やジエチルカーボネート(DEC)などの有機溶媒にリチウム塩を溶解した液体電解液とポリマーマトリックスに有機溶媒とリチウム塩を捕捉したゲル電解質が商品化されている。
 これらの電解液に使用されている有機溶媒は,引火性,可燃性であり,電力貯蔵用や移動体電源用に大型化した場合は,誤用や高温条件の安全性に難がある。イオン性液体を用いることで新しい難燃性の電解液システムをつくることが可能となる。
 発表されている研究報告をみるとLiBF4-EMIBF4が比較的優れた特性を示しているようだが,これまでのところ研究は進んでいるものの実用化という点ではまだ十分とはいえず,克服すべき課題も多いというのが実情のようだ。
 
 色素増感太陽電池のコストダウンに寄与
 
 1.光エネルギー変換効率の向上が課題
 
 色素増感太陽電池(DSC)は,シリコン半導体を使わずにヨウ素溶液を電解質にしたセル構造で,製造設備も大がかりなものを必要とせず材料も安価なため,低コストの太陽電池として期待されている。
 DSCの電解質は,リチウムイオンなどの陽イオンや塩素イオンなどの陰イオンなど種々用いることができ,電解質中に存在させる酸化還元対には,ヨウ素-ヨウ素化合物,臭素-臭素化合物などが用いられている。
 現在,電解液の粘性を低くするため水,アセトニトリル(AN)等の溶媒が用いられるが,水系の場合,色素の寿命が短くなる。そのためANとECの混合溶液などが用いられるが,揮発性のためセルの封止が必要で開発上の課題となっている。
 イオン性液体を用いることで,電解液の揮発による性能劣化を起こすことなく,長期安定使用できるDSCデバイスが実現できるものと考えられる。
 イミダゾリウム系のイオン性液体を電解質に用いたDSIが試作されているが,最近の実験では,光エネルギー変換効率は7~8%程度の値とみられまだ満足できる成果を得られていない。
 DSCは,2010年代以降に本格的な実用化の時代を迎え,市場規模も数百~1千億円規模に達するとみられている。こうした中でイオン性液体がDSCの電解液として主役の座を占めるには,光変換効率をさらに向上させ、他の電解液と同等以上に達することが求められている。研究レベルでは着実に成果も表れており、今後、イオン性液体がDSC用途で実用化され主要電解質となる可能性は高い。
 
 2. 燃料電池は期待の段階
 
 固体高分子型燃料電池を自動車に搭載する場合,水を使った電解液では高温での安全性,低温での作動性といった課題があり,イオン性液体が注目されている。
 現状はイオン交換膜が水溶液であるため高温域で水の蒸発がおこり,プロトン伝導性が悪くなるという欠点があるが,現状の電解質並みにプロトンのみを移動させることができれば,有力な用途になると考えられる。
 
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     表1 イオン性液体の特徴と期待される応用分野


 
 2005年は供給体制確立の初年度―電解質用を軸とする電子材料分野が先行―
 
 イオン性液体は欧米で環境を汚染しないクリーンな溶媒としての研究が中心だが,わが国では電解質溶液としての研究が盛んに行われている。国内でイオン性液体の開発に取り組んでいる企業は20社程とみられ,このうち数社が電解質分野への応用を中心に事業化に動き出し本格的な生産設備を整えようと計画している。
 イオン性液体の事業化を推進しているメーカーは広栄化学,ステラケミファ,日本合成化学,関東化学,日清紡などで,いずれも電解質を中心とした電子材料分野が主なターゲットである。
 広栄化学は,ITおよびエネルギー分野の新規事業として,含窒素化合物合成技術をベースに,2001年から2003年にかけて20種類以上のイオン性液体を製品化した。現在は大阪工場のパイロットプラントで,年に数トンを生産しサンプル供給している段階だが,2005年末には千葉プラントに量産設備を建設する計画を発表し,キャパシタ,帯電防止材,潤滑油などの分野で大型事業化を狙っている。
 ステラケミファは,六フッ化リン酸リチウムなど含窒素化合物合成技術をベース技術として持ち,その応用としてイオン性液体の開発に取り組んでいる。これまでにパイロットプラントでフッ化物アニオンと様々なカチオンを組み合わせ,ピリジン,脂環族アミン系,脂肪族アミン系など約30種の試作品を開発し,2005年には陰イオンの量産設備を建設する予定である。さらに2006年には20t規模の量産設備も計画し,本格的な事業化に向けた準備を進めている。
 日本合成化学は,医・農薬で培ってきたイミダゾール誘導体の合成技術をベースに数年前からエチルメチルイミダゾリウム系のイオン性液体の開発に着手し,これまでに4品目を製品化しサンプル供給を行ってきた。2003年から電池材料用途中心に本格的な用途開拓に取り組み,2004年には研究開発,用途開発から量産化設備の導入までを展望したプロジェクトチームを発足させている。今後は,2007年に既存設備での事業化,2010年に本格生産設備の導入で,イオン性液体を主力事業に育成する方針を立てている。
 関東化学は,アクロス・オーガニクスの製品を中心にイオン性液体の試薬を販売しているが,電子材料を開発してきた精製技術をベースに独自のイオン性液体も開発し品揃えを広げている。イオン性液体のラインナップは,イミダゾリウム系化合物33品目,ピリジニウム系化合物12品目で,ほかに日清紡績のイオン性液体2品目も扱っている。電子材料分野における用途開拓に取り組むとともに,環境調和型反応溶媒としての応用も探求している。
 日清紡績は,2002年に4級アンモニウム塩系のイオン性液体を開発し,同時にこのイオン性液体を電解質に用いた電気二重層キャパシタを開発し用途開拓を進めている。
 同社が開発したイオン性液体の特徴は,分子内に電子供与性基を導入した構造で,イミダゾリウム環,ピリジニウム環を有する化合物よりも,電気化学的に優れた特性を示し化学的安定性,耐熱性に優れているという。
 同社は,イオン性液体を用いた再充電可能な「蓄電デバイス」,「耐熱性キャパシタ」,「リチウムイオン電池」などが開発テーマとしているが,特に力を入れているのはEDLCで,自動車電源用途への採用を狙った取り組みを強めている。
 
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     表2 イオン性液体の主な開発企業


 
 イオン性液体の課題と市場展望
 
 イオン性液体は,次世代電池材料や未来型の環境調和溶媒として注目され期待も集めているが,既存の材料に替えるとなると克服すべき技術的課題は少なくない。
 現在,開発メーカー各社が注力している電解質の分野では,イミダゾリウム塩から4級アンモニウム塩へ主流が移っているようだが,電位窓特性等の電気化学的特性は,既存電解質レベルに至っていない。
 イオン性液体を電解質に応用する場合、その特性は純度と物性に左右されるが,不純物では水分の徹底した除去と物性面では粘性を下げることが技術的な課題となっている。また、既存の材料と比べた場合のコストも問題である。高純度化、低粘度化、収率の向上を追求しながら製造コストを下げなければ代替の可能性は生まれてこない。
 材料としてのイオン性液体は汎用材料であり広範囲な用途での応用が考えられているが,現状はkg当たり2万~5万円程度の価格水準とみられ、価格がネックとなって既存材料と代替できる用途は限られている。電子材料用途での実用化を想定した場合,kg当たり数千円という価格が要求され、価格のハードルは高いと思われるが、各メーカーとも量産体制を構築することでユーザーニーズに応えられる価格にできる見通しを持っているようだ。
 今後,イオン性液体が一定の市場を形成することは間違いなさそうにみえるが、それにとどまらずブレイクすることも考えられる状況にきている。2004年はサンプル出荷段階で市場規模は6億円程度と推定されるが,メーカーによっては2010年で100億円台の市場規模といった予測もある。

 参考文献
   イオン性液体-開発の最前線と未来 2003年1月 シーエムシー出版

                 ㈱シーエムシー・リサーチ
           プロジェクトマネージャー 荒牧 清(あらまき きよし) 
           代表取締役 須藤正夫(すどう まさお)