化学品の市場調査、研究開発の支援、マーケット情報の出版

「工業材料」(日刊工業新聞社)2007年5月号に掲載

                         ㈱シーエムシー・リサーチ 代表取締役
                            須藤正夫
 

 
 はじめに
 
 10年程前から,マスコミ報道などで「中国」,「環境」のキーワードが多くなったが,この数年特に目につくようになった。
 3月10日の全国紙1面に「松下5000人リストラ」の報道があった。報道によればコスト削減のため人件費が安い中国などに生産移転した結果,人員の余剰感が高まったとされている。プラズマテレビなど競争力のある製品は日本で生産し,DVD,CD機器はすでに生産移転しており,冷蔵庫など白物家電も中国に移転する方針と伝えられている。家電製品の生産移転は業界全体の流れで,筆者はこの経緯を本誌2002年12月号で紹介した。
 一方,地球温暖化問題のキーワードも目に付く。オーディオ機器,電池などのブリスターパックに「この包装はとうもろこしを原料とするPLA(ポリ乳酸)で作られており,CO2削減に寄与しています」と強調している。
 ファーストフードの大手であるモスバーガーは,「環境への取り組みの一貫として,お店で使用する容器・包装等の素材を石油製品から非石油製品へ,順次切り替えを行なっていきます。」と宣言し,年間130トン使用していた店内用の透明カップを2006年6月,PSからPLAに切り替えた(同社HP)。
 本稿で,筆者が本誌に寄稿したテーマを中心に「中国」,「環境」のトピックスを紹介する。
 
 合成繊維の世界シェア50%を突破~中国
 
 かつて繊維大国だった日本がその地位を中国に明け渡して久しい。
 中国の合成繊維生産量は1990年143万トン,世界シェアは8.1%であったが,2006年は1,788万トンで,世界のシェアは50%を上回った。この間,世界の伸びは約2.3倍だが,中国は12.5倍で驚異的な拡大である。
 ポリエステル繊維が合繊の主力で世界では80%,その他が20%の比率だが,中国は90%その他が10%の構成で,その他の比率は小さい。その他の主力はナイロン繊維で2005年の生産量は世界で400万トン,うち北米が32%,ナイロン66に限ると57%を占め,中国のシェアはナイロン6が26%,ナイロン66が6%でポリエステルに比較すると大きな格差がある。
 米国(北米)が多い理由はカーペット市場が約100万トンと単一用途では巨大でナイロンが60万トン占めている事による。
 今後の生産見通しは欧米諸国が横ばいか減少に対して中国は大きく成長することが予測されている。このように中国が世界の繊維市場を牽引,比較的弱かったナイロン繊維も大きく発展する見通しだ。
 
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  表1 主要国別合成繊維の生産量(2006年)(単位:千トン)
   (出典:化学経済2007.3臨時増刊号)


 
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表2 ナイロン繊維の生産予測(単位:千トン)
出典:海外速報No.731(日本化学繊維協会),原典は第12回中国国際化繊会議2006年9月8日


 
中国の化繊10大ニュース~PDO,PTTの技術を確立
デュポン・テート&ライル~バイオ法PDO設備稼働

 
 中国は合繊原料などを海外から技術導入し,繊維大国になったが,中国化繊信息ネットによる2006年の中国化繊業界の10大ニュースのひとつに最先端のPTT(ポリトリメチレンテレフタレート)とその原料である1.3-PDO(1,3-プロバンジオール)の技術を確立したと次のように報道している。
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 黒竜江省石油化学研究院は,1,3-プロバンジオール生産技術の開発に成功した。このプロジェクトの成功によって,国内では未開拓であったPTT繊維開発のためのコア技術が確立し,長期にわたり中国のPTT発展を制約してきたさまざまな課題を克服したことで,PTT繊維の国産技術による商業生産化に向けて技術的な基礎を確立した。
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 PTT,PDOは本誌2002年6月号,2004年12月号で紹介しているので最近の動きを中心に紹介する。
 飽和ポリエステルはジカルボン酸とジオールから成り立っており,通常ポリエステルといえばポリエチレンテレフタレート(PET)を指し,繊維で発展,フィルム,ボトルでも大型市場を形成している。
 原料はテレフタル酸(TPA)とエチレングリコール(EG)である。これに対し,ジオール成分をEGからPDOに置き換えたのがPTTで,ポリエステルはデュポンのPDO以外石油由来の原料である。
 
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  表3 ポリエステルの原料


 
 PDOの製法は①エチレンオキサイド法,②アクロレイン水和法,③バイオ法などがある。
 エチレンオキサイド法はシェルが開発し,年産75,000トンプラントを米国・ルイジアナ州に建設,1999年11月操業を開始した。
 デグサは1980年代初頭からファインケミカル用に微量生産していたが,1980年代末期に大規模生産用のアクロレイン水和法のプロセスを開発した。同社は飼料添加剤用アミノ酸であるメチオニンの世界的なリーディングカンパニーで,この原料にアクロレインを大量に使用している。新プロセスが大幅なコストダウンが可能なことから1990年代末期に商業プラントを建設,2000年よりデュポンに供給を開始した。米国に年産45,000トンの大型プラント建設を検討したが,デュポンがバイオ法の技術開発を成功したことから計画を中止した。
 デュポンは2000年8月,英国のテート&ライル・シトリック・アシッドとバイオ法PDOの共同開発に関する契約を締結した。同社は砂糖,甘味料,スターチなどの世界的な企業であるテート・&・ライルの子会社で,世界で最大のクエン酸メーカー。デュポンは微生物やプロセス技術を提供し,テート社はバイオと発酵の技術や工場のインフラ,原料調達を担当している。
 両社は折半出資でPDOの製造会社「デュポン・テート&ライル」を設立し,2000年秋,パイロットプラントによる生産を開始,プロセスの経済性などを確認した。その後年産45,000トンの商業プラントを建設,2006年11月に操業を開始した。
 同社のブランドはBio-PDOTMで「Bio」は石油由来のPDOと区別するためと思われる。またデュポンは『Bio-PDOTMの生産に必要なエネルギーは,石油由来のプロバンジオールの生産に必要なエネルギーに比べ40%低減します。これは,地球温暖化ガスの排出量を20%減らすことに相当します。また,年間Bio-PDOTMを1億ポンド(4万5千トン超)生産した場合,年間でガソリン1千万ガロン(約3億7千8百万リットル,自動車22,000台分)の節約に相当します。』と環境対応性を強調している。
 
 中国でPTTを生産開始~米国以外では世界初
 
 さらにデュポンはグローリー社(中国;江蘇州)にソロナ(PTTのデュポンブランド)の製造技術を供与,2006年に年産30,000トンプラントが完成し,2007年第2四半期より商業生産を開始する予定である。
 PTTはシェルとデュポンの両社が米国で生産していたが,米国以外で生産するのは世界で始めてである。
 PTTは現在カーペット繊維を中心とする繊維で需要が拡大している。表2に示したように中国は合成繊維が世界シェア50%以上だが,今後,最先端のPTT繊維でも世界市場をリードすると予想される。
 PTTはカーペット用が需要を牽引しているが,優れた特性を利用して工業用の用途開発も活発だ。
 本田技研は2006年5月,自動車内装用の表皮材にPTT製の「バイオファブリック」の開発に成功したと発表した。ニュースリリースで「自動車の生産から廃棄までのCO2排出低減に努めてきたが,バイオファブリックもこの一環である」と述べている。樹脂メーカーを明記していないが,とうもろこしを原料とするPDOを使用したポリエステルと発表しているのでデュポンのPTTである。
 PETを1トン製造するために要するエチレングリコールは330kgでバイオ由来のPTTは同量の石油由来の原料を削減でき,CO2排出低減に貢献できる。
 
 植物由来の樹脂40年前から生産~東レ
 原料のセバシン酸は中国に依存

 
 PTTは原料の一部が植物由来の樹脂として脚光を浴びているが,1960年代に東レが生産を開始したナイロン610も原料の60%が植物由来である。
 ナイロン66はヘキサメチレンジアミンとアジピン酸の重縮合で製造されるのに対し610は66のアジピン酸がセバシン酸に置き換わったもの。製法が似ているが市場規模は表4に示すように極端な差がある。
 
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  表4 ナイロン610とナイロン66の比較 注:ナイロン66に繊維を含まない
    (出典:ナイロン66の市場規模 「化学経済」2007年3月臨時増刊号,その他筆者推定)


 
 東レは,環境配慮型製品の売上高を2010年度に倍増する「エコドリーム」計画を推進中で,ポリ乳酸(PLA)の事業化を積極的に推進しているが,2006年5月,ナイロン610樹脂事業も強化する方針を決定した。
 日本国内では東レが独占しており,1990年代初頭が年間500トン,2000年代初頭は600トンで微増だったが,最近数年間は増加,2006年は1,000トン前後に達したと見られる。
 歯ブラシなど従来用途とともに,自動車関連分野や食品包装用などでも需要が拡大している。海外ではBASFなど5社が生産しており,世界の市場規模は年間6,000トンと推定され日本への輸出はない。
 日本のセバシン酸全体の需要量は2006年が約7,000トンで可塑剤や化粧品原料の各種エステル類,接着剤原料のポリエステルポリオールなどファインケミカル製品の原料や潤滑油・グリース用などが多く,ナイロン610用は原単位が0.6なので600トンと推定され、まだ少ない。
 セバシン酸は国産が中心で小倉合成,豊国製油が供給してきたが,豊国製油は輸入に切り替え,自社ブランドで販売しており、国産から輸入に転換中だ。
 セバシン酸は貿易月表(コード№2917.13.000)で「セバシン酸,アゼライン酸および誘導品」に含まれている。業界関係者は,中国が全量セバシン酸で米国はアゼライン酸および誘導品でセバシン酸は無いと判断している。
 輸入量は1988年が1,200トン台に対して2005年は5,000トン台,昨年は5,000トンを多少割ったがこの間急増している。
 2000年代に入るとファインケミカル製品や化成品は国内生産を縮小し,輸入に切り替える例が多く,全量輸入に切り替わった品目もあり,輸入先は中国が圧倒的に多い。セバシン酸もこの事例のひとつで,ここでも中国に対する依存度が高まった。
 
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  表5 セバシン酸,アゼライン酸および誘導品の輸入推移(単位:トン)
    出典:日本貿易月表:コード№2917.13.000


 
 中国,重工業の代表,自動車産業でも世界トップ3

 本誌2005年12月号で中国の自動車産業の発展とウレタンとの関係を,2002年12月号で中国を中心とするアジア諸国の電子・電気・情報機器の世界シェアとエンジニアリングプラスチックの関係を紹介した。最近のデータと比較すると,大部分が当時の予想を上回っている。
 2006年,中国の乗用車生産台数は500万台を超え2000年比で8.5倍,日本は1.2倍で大きな差がある。中国自動車工業協会は2007年の乗用車の生産台数が前年比20%増の630万台,全体では17%増の850万台と予測している。日本に次ぐ世界第3位だが,2010年には1,000万台を突破し,2010年代の遅くない時期に日本を抜き,世界第2位になるとの予測もある。
 中国の自動車産業の発展はポリウレタン,エンプラなどの需給構造を今後も大きく変え,日本メーカーの中国進出はさら加速することは間違いない。
 代表的なエンプラであるポリカーボネート(PC)とポリアセタール(POM)を例にとりアジア主要国の市場規模市場規模の変化を図1に示した。2001年のPC需要量は日本,中国とも約20万トンでほぼ同水準だったが,2006年は中国が2001年比3倍に拡大,日本に大差をつけた。POMはPCより需要は少ないが,同じトレンドである。
 

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  図1 日本と中国の自動車生産推移


 
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  表6 日本と中国の自動車生産推移(単位:千台) 出典:日本自動車工業会
   2007年予測は中国が「人民網日本語版」2007年1月12日,日本は筆者


 
 汎用樹脂,合成ゴムや塗料など他の化学品も同様の傾向である。本誌2005年12月号で日米欧のウレタン関連企業の中国進出を紹介したが,他の樹脂も活発である。とりわけPCは需要の大半を輸入に依存していたので日米欧企業が相次いで参入している。
 PCの製造方法は界面重合法と溶融重合法があり,前者が世界の90%を占めているが,新設プラントはホスゲンを使用しない溶融重合法が中心でここでも環境問題が大きなテーマになっている。
 
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  図2 アジア主要国のPC、POM成長比較


 
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  図3 アジア主要国のPC需要推移


 参考文献
 
 1)「世界のポリウレタン市場を牽引する中国」:「工業材料」2005年12月号
 2)「発展期を迎えたPTT繊維」:「工業材料」2004年7月号
 3)「激変するアジアのエンプラ市場」:「工業材料」2002年12月
 4)「市場拡大が期待されるPTT」:「工業材料」2002年6月号
 5)「2005年版ポリウレタン原料・製品の総合分析」:シーエムシー・リサーチ2005年7月刊
 6)「2004年版ポリエステル樹脂総合分析」:シーエムシー・リサーチ2004年9月刊
 7)「アジアのコンパウンド市場と日本企業の海外展開」:シーエムシー・リサーチ2004年6月刊
 
   ㈱シーエムシー・リサーチ 代表取締役
       須藤正夫(すどう まさお)