化学品の市場調査、研究開発の支援、マーケット情報の出版

 急成長中のアジア市場を2008年後半は世界不況が直撃 
 

「工業材料」(日刊工業新聞社)2009年4月号に掲載

                    ㈱シーエムシー・リサーチ プロジェクトマネージャー
                       須藤 正夫
 

 筆者は本誌2002年12月号で『激変するアジアのエンプラ市場』のタイトルで1990年代のエンプラ市場の構造変化を紹介した。本項ではポリカーボネート樹脂(以下PC)を中心にアジアの樹脂別市場規模と需要拡大のテンポ、2000年代の変化を紹介する。
 中国のPC需要は1998年の11万トン台から3年間で倍増に近い成長を遂げ、日本の需要に匹敵する規模に成長したと述べた。2000年代も急成長が続き、2007年の需要は後述するように日本の2.5倍で、香港経由の需要を加えると3倍近い規模に成長した。
 中国は2007年まで高度成長、日本は安定成長を辿ったが2008年に入ると大きな変化が起こった。米国のサブプライムローンに端を発した金融不安が、世界中に波及し、2008年後半は深刻な不況に陥った。世界各国が自動車、電気製品から衣料品、日用品などの買い控えが進行し、素材産業も大きく低迷した。
 2月5日、NHKの「クローズアップ現代」で「崩れた“中国依存”~日本のリサイクルを問う~」を放映した。この番組はPETボトルのリサイクルがテーマだが、世界不況と日本、中国、欧米の関係を解説していたが、他の産業にも共通していると思われる。
 日本のPETボトルリサイクルは2000年前半に順調に発展したが、中国への輸出が急増し、廃PETボトルが調達が出来なくなり、リサイクル業界が混乱、2008年はリサイクルメーカーの大型倒産が相次いだ。
 中国では日本から輸入したPETボトルを、繊維に加工し、ぬいぐるみや衣類など繊維製品を生産して世界中に輸出していたが、不況が深刻化すると繊維需要が減少し、日本の廃PETボトルは行く先を失い、リサイクル業者の工場や港に野積みされたままの事態になっており、価格も激減したと解説している。
 貿易月表を点検すると、PETくづの輸出量は2008年が36万トン、このうち中国向けが22.2万トン、香港向けが11.6トン、両国で93%を占めている。輸出量は前年と同水準だが、価格は大幅に下落している。中国向けの価格は年間平均で61円/kg、前年比4円/kgの低下だが、10月65円/kg、11月42円/kg,12月38円/kgと大幅に下落している。世界不況と廃PETボトルの関係を垣間見ることができる。

素材産業を牽引する自動車産業低迷
2008年の輸出は年間で2.7%増だが12月は33.6%減

 エンプラを含む多くの素材需要を直接左右する自動車の生産推移を表1に示す。

table1

表1 日本と中国の自動車生産推移(単位:千台)
   出典:日本自動車工業会、2008年の中国は中国自動車工業協会


 
 
fig1

    図1 日本と中国の自動車生産推移


 
 中国は1990年代前半の生産台数は世界で10位前後だったが、2000年代に年率10%~40%の伸び率で2007年にはフランスを抜いて3位なった。2010年代の遅くない時期に日米を抜き世界のトップになるとの予測が定着している。
中国も世界不況の影響を受け、2008年は5.2%の成長に留まった。10%を下回ったのは1999年以来始めてであった。中国自動車工業協会は2009年の伸び率を5%前後と予測しているが、不況が深刻化すれば予測を大きく下回る可能性が高く、2008年実績を割る可能性もある。
 日本の自動車産業はさらに深刻だ。2008年の生産台数は前年比0.3%減で、2001年以来7年ぶりに前年を下回った。日本の自動車産業は輸出依存率が高く、2008年は58.2%(672万7091万台)を占めており、対前年比は2.7%増であった。国内需要が減少したが、輸出が増加したので、生産台数は0.3%減に留まったが、輸出推移を点検すると深刻である。
 世界不況が深刻化した下半期、特に第4四半期が激減している。10月は前年同月比4.2%減だったが、11月18.1%減、12月33.6%減と激減している。2009年に入ると各社が相次いで操業停止、派遣社員の雇用解除が社会問題化している。
 不況の回復のめどが立っていない今年は輸出が大幅に減少し、生産台数は前年を10%以上下回る可能性が高い。自動車産業の不振はエンジニアリングプラスチックなど素材産業に大きな影響を与えることは間違いない。
 
日本のエンプラ販売量、軒並みに減少~2008年
 
 2008年の日本のエンプラ販売量を点検するとは各樹脂とも減少しているが、第4四半期(10月~12月)は減少率が大幅に加速している。
 POM(ポリアセタール),PBT(ポリブチレンテレフタレート)は年間で4%の減少だが、第4四半期はPOMが21%、PBTが28%減で他樹脂も30%前後減少している。自動車の輸出台数の減少トレンドと相似しており、世界的な不況がこのデータにも反映している。
 輸出比率はPCが57%で最も高いが、他エンプラモも40%~50%の水準でPPやLD/HDPEなど汎用樹脂に比較すると極めて高い。2009年は世界不況がさらに深刻化することが予想され、国内需要もエンプラを使用した製品は輸出が多いので2009年の販売量は国内販売、輸出とも前年を更に下回ると予想される。
 
table2

表2 エンプラの販売減少率(2008年)
 出典:表3、表4から作成


 
 
table3

表3 エンプラの需給推移(単位:トン、%)
  出典:出荷→化学工業統計、輸出入→日本貿易月表 但しPBTは筆者推定
  注)ポリアミド:ポリアミド成形材料でナイロン6,66、その他ナイロンを含む


 
 
table4

表4 主要エンプラの第四半期の生産、販売量比較(2008年)  単位:トン
  出典:「化学工業統計」2008年12月はPC,PAが速報値、POM,PBT,PPOは未発表なので同年11月と同水準と推定


 
 アジア主要国の需要量変化~中国が急成長>

 アジアの需要は2007年がPC、POM,PBT,ナイロン6,66の5樹脂合計約300万トンで2001年比約60%増加している。PC、POM、PBTが2倍前後の増加でナイロン系は17%増で伸び率は低い。5樹脂合計の成長率は日本が22%に対して中国は266%で大きな格差がある。市場規模は小さいがマレーシア、タイ、インドネシアも成長率が高く、アジアの先進国と言われる韓国、台湾は日本と同様に成長率が低い。
 後述するように香港の需要は中国にコンパウンドなどで流れるので実態は表5を上回っている。5樹脂の香港需要は13万6,000トンと推定され、タイの需要量に近い。PCは6万9,000トンでかなりの量が中国に流れるので、中国のPC需要は80万トンに近いと推定される。
 アジア諸国の需要が拡大しているので、新増設も活発である。
 生産能力は表6に示すように日本はPBTを除くと大きな変化は無いが、中国はナイロン66以外大増な新増設をしている。台湾はPC,PBT,韓国、タイ、マレーシアもPCの生産能力が拡大している。
 

table5

表5 主要国別エンプラ需要量変化  単位千トン
  出典:2001年→『工業材料』2002年12月号「激変するアジアのエンプラ市場」、2007年→『2009年版世界のエンジニアリング樹脂』2008年12月シーエムシー・リサーチ刊
  注)本項ではアジアとは東アジア、東南アジアをさすが、広義のアジアである南、中央、西アジアは含まれていない。


 
 
fig2

    図2 アジア主要国のエンプラ需要量変化


 
 
table6

表6 アジア主要国のエンプラ生産能力変化 (単位:千トン)
  出典:2001年→『工業材料』2002年12月号「激変するアジアのエンプラ市場」   2007年→『2009年版世界のエンジニアリング樹脂』2008年12月シーエムシー・リサーチ刊
  注)日本のPC生産能力はSABIC-IPジャパンが2008年4月に休止したので実質37万2,000トン


 
 
fig3

    図3 生産能力の変化


 
 
PC―全世界生産量の50%以上はアジアで消費

 本項では東アジア、東南アジアをアジアと定義している。表5ではPCの需要は2007年、約150万トンだが、香港、フィリピンが含まれていない。香港が7万トン、フィリピンが1万2000トンと推定され全体では約158万トンと推定される。世界の需要量は308万トン見られ約50%を占めている。
 用途別の内訳はE&E・OA機器45万トン(29%)、光ディスク27万5000トン(17%)、板・シート21万トン(13%)、自動車・車両10万トン(6%)、その他55万トン(35%)と推定される。
 E&E,OAはパソコン、携帯電話、薄型テレビの好調に支えられ2007年までは各国とも増加したが、特に中国の成長が著しい。日本や欧米各国が中国に生産移転したことからPCの需要が大きく拡大した。
 光学用はCD,DVDなど光ディスクの発展とともに需要が拡大した。光ディスクの技術開発は日本企業が世界を牽引してきたが、1990年代末期から台湾が急成長した。成長の理由は技術面では国の研究機関である工業技術研究院(ITRI)が、経済面では台湾経済部が全体として国家挙げて支援したことによる。世界シェアは台湾系企業が圧倒的に高いが、近年は中国が大きく成長している。台湾系企業が中国に移転する例が多いが台湾本社が樹脂の購入は行う場合は台湾需要に含まれている。
 自動車・車両分野はヘッドランプレンズ、メーター板、ルームランプ、ドアハンドルなどに使用されており、近年はヘッドランプレンズの大型成形品の採用が目立つ。軽量化対策としてPCの採用が増加しているのでPCの需要は自動車の生産台数の伸びを上回っている。中国の自動車・車両の内訳が不明なのでその他に含めたが、日本と中国の生産台数から類推すると、3万トンになる。先に述べたように世界不況の影響で中国の自動車生産台数は伸びが大きく低下、日本は7年ぶりに前年実績を下回った。2009年は中国が微増、日本は大幅な減産が予測されるのでPCも需要が大幅に減少すると予測される。
 PC板・シートは透明で耐衝撃性が優れていることからカーポート、体育館・フールなどの採光板、高速道路ガード、施設園芸用などに使用されている。PCの欠点は耐候性が悪いが、アクリルフィルムのラミネートや耐候性塗料を塗布することでカバーしている。
 中国の需要は2001年が2万トンに達していなかったが建築ブームで2007年は日本の2倍以上の規模に成長した。
 

table7

表7 アジア主要4カ国のPC用途別需要量(単位:千トン)
  出典:『2009年版世界のエンジニアリング樹脂』2008年12月シーエムシー・リサーチ刊
  注:E&E 電子・電気機器、OA機器の略


 
 中国の生産能力を2001年が6,000トンと記載しているが(表6)現地企業の小規模プラントで実態はゼロに近かった。2005年に帝人が5万トンプラントを立ち上げ、2006年に10万トンに増設し、2006年にはBayerグループが10万トンプラントを新設し、現有能力は20万トンになった。Bayerグループは2009年以降倍増計画、三菱グループは2009年に北京で6万トン、上海で10万トンの新設計画があり、2010年代の遅くない時期に日本の生産能力を大きく上回ることが予測される。
 日本のメーカーは中国に限らず、アジア進出が活発で、単独または現地企業と合弁でプラントを建設、現有生産能力は72万トンで日本国内全体の生産能力を遥かに上回っている。
 
table8

表8 日系メーカーのPC生産能力(単位:トン)
  注:「工業材料」では頁数の関係からグラフを削除


 
 
 
参考文献

 「2009年版世界のエンジニアリング樹脂」 シーエムシー・リサーチ 2008年12月刊
 「激変するアジアのエンプラ市場」工業材料2002年12月号 須藤正夫
 「環境と中国の視点でみた化学品の需給構造変化」工業材料2007年5月号 須藤正夫

㈱シーエムシー・リサーチ プロジェクトマネージャー
   須藤 正夫(すどう まさお)