化学品の市場調査、研究開発の支援、マーケット情報の出版

「工業材料」(日刊工業新聞社)2015年1月号に掲載

                   吉田優香 ㈱シーエムシー・リサーチ 調査・コンサルタント

 
1.はじめに
 原油や天然ガスの掘削・生産に関連したエネルギー産業は、規模が膨大であるのみならず非常に裾野の広い産業である。シェールガス革命により改めて注目された分野であるが、裾野のひとつとして「水マネジメント」「水処理」産業がある。在来型油ガス田では、以前より随伴水(油ガス田生産に伴って地層より生産される水)の処理問題が存在し、各種の水処理技術が開発されていた。さらに近年、シェールガス革命の技術的なベースとなった水圧破砕(Hydraulic Fracturing)では大量の水を使用するので、その水の確保および廃水(戻り水・随伴水)の処理が注目されることとなった。
 既に各種資料などで説明されている通り、米国国内でのガス価格低迷からシェール「ガス」開発のブームは去り、2012年以降は比較的高値を維持してきたオイルが主目的の開発にシフトしている。目的とする生産物がガスからオイルに変化したことにより、水圧破砕に使用される薬剤のタイプ、水の使用量が変化し、廃水の組成も変化したことから、それを受けて水処理に要求されるニーズも変化した。本稿では、ここ数年で起こった水処理ニーズの変化、技術変化および市場構造と市場規模の概要を紹介する。

2.油ガス田における水マネジメント戦略
 図1に、水マネジメントのファクターをまとめた。水の確保から、輸送、貯蔵、廃水処理(リサイクル、再利用、最終廃棄までを考慮)まで、コスト・経済性を意識しながら、規制に則り環境へのインパクトの低減を測ったうえでのトータルでのマネジメントが求められている。部分最適から全体最適への流れである。
 
図1                図1 水マネジメントのファクター
 
 
 全体最適化の状況として、水のリサイクル・再利用に当っては水処理側のみでなく、フラクチャリング流体などのフルイド作成側の技術開発も合わせて行われている。水処理側には大量の廃水を処理し、「再利用に適する」水質を得ることが求められているわけだが、再利用する側のフルイド技術の進展やコスト問題により、「再利用に適する」の基準が環境にそのまま排出できる脱塩した飲料水レベルから、いわば「中水」のレベルに変化している。

3.水圧破砕用薬剤の動向
 油ガス田開発には、坑井掘削用、坑井仕上げ用、坑井刺激用(水圧破砕を含む)、生産用などで各種の化学品を使用する。水圧破砕では大別して表1に示すような流体が用いられる。FracForcusという水圧破砕に使用した薬剤を申告・登録するためのデータベースを解析した研究によれば、ガスからオイルに掘削ターゲットが変化したことで、使用されるフルイドはClosslinked Gelタイプ(在来型油田でも用いられていた)およびHybridタイプ(GelとSlick Waterの中間タイプ)が増加した。そのために、フラクチャリング流体におけるゲル化剤(グアーガムなどのポリマー)の平均的な使用量が2008年のデータでの0.05%から2012年のデータでは0.5%と大幅に増加している。
 
表1
 
4.水処理技術の動向
 表2に、シェール油ガス田における水処理技術を示す。従来型の石油・ガス産業においても、既に多くの水処理技術が用いられているが、2010~2011年頃までは、シェールガス等の生産で生じるフラクチャリングの戻り水および随伴水を効果的に処理するには、技術が十分ではない場合が多いと認識されていた。戻り水や随伴水の総溶解性蒸発残留物(TDS)レベルが高く、高いTDSレベルの廃水を処理できる技術(いわゆる脱塩技術)は限られていたからである。しかし、最近ではコストのかかるTDSレベルの低減や脱塩にはこだわらず、TDSレベルは高いままのリサイクル水をフラクチャリングで利用するための処理技術と、それに適した摩擦低減剤およびゲル化剤などのポリマーが開発されている。つまり、新規ポリマーを使用する前提で沈殿法・凝集法やろ過など、脱塩処理の前処理・後処理とみなされていた技術が、手軽でコストも低く有用な水処理技術として活用されている。なお、フラクチャリング流体として架橋用のゲルおよびゲル化剤(ホウ素など)の使用が増えたことで、水の再利用にあたってホウ素の除去が重要になっている。図2に、市場環境と技術の流れのまとめを示す。
 
表2
 
図2               図2 市場環境と技術の流れのまとめ
 
 
5.油ガス田開発での水マネジメント業界構造
 図3に、業界構造の概念図を示す。
 
図3          図3 シェール油ガス田における水マネジメントの業界構造
 
 
1)E&P(Exploration and Production)企業
 いわゆる石油・ガス産業における上流を担う企業群で、探鉱と生産を行っておりオペレーターとよばれる。米国には多数の中小零細の独立系業者が存在し、シェールガス革命ではこれら中小が参入した後に、いわゆるメジャー(エクソンモービル、シェブロンやBPなど)が参入した。
2)従来型オイルフィールドサービス会社
 以前より石油や天然ガスの開発に当たり、名前の通り油田・ガス田での各種作業を担ってきた企業群であり、大手の会社は油ガス田での各種サービスを取りまとめている会社でもある。従来型サービス会社が以前から担っているのは、掘削、水圧破砕、坑井仕上げなどの各工程で使用されるDrilling Fluid(掘削用泥水)やFracturing Fluid(フラクチャリング流体)を調整して掘削や水圧破砕などの作業を行うことであり、サービス会社の基本機能の一つである。作業中に発生する廃水処理(掘削用泥水の回収・処理やProduced Water(随伴水)の処理)については、かつては自社内ではなく廃水処理を得意とする会社(分類の3)や4)など)に任せる場合が多かったが、今では大手の多くは自社内に水処理に対応できる部門を持ちつつある。しかし、中小の場合には自社での水処理には対応できていない場合が多い。
3)専門サービス会社
 特殊なフルイドや廃水処理を得意とする会社である。環境関連のサービスに特化した会社なども含まれる。
4)大手水マネジメント・水処理企業
 各種産業向けの水マネジメント、廃水処理の経験を有する企業で、産業向けの廃水処理の技術やノウハウを持つ。長らく在来型油ガス田での水マネジメントサービスを行ってきている企業もある。世界的な水処理企業はほとんどかかわっている(Dow Water & Process Solutions、GE Power and Water、Veolia Water Technologiesなど)。

6.市場規模
 図4に、各種資料を基に当社が推定した米国における水および流体マネジメント(水処理関連の化学品、サービスおよび機器を含む)の市場規模を示す。
 シェールガス・オイル関連の水/流体マネジメント関連市場は、掘削、フラクチャリング、坑井仕上げなどのオイル・ガス生産前の段階で約69億ドル、生産開始後の市場規模が17億ドルと推定される。なお、特にフラクチャリングの水周りに絞った市場規模では、米調査会社が2020年までには90億ドルになると推定している。しかし、参入企業が多く、市場規模全体は増えてはいるものの儲かっている企業は一部のようだ。
 石油ガス田で使用される化学品(Oil Field Chemicals)の観点では在来・非在来向けを分解できていないが、著者は各種資料から米国の市場規模は100億ドル弱と推定した。フラクチャリング用フルイド(調製済み)の市場規模は、資料によりかなり異なる推計がなされているが、100億弱のうちのせいぜい40%程度とみるのが妥当であろう。
 
図4        図4 米国での水/フルイドマネジメントおよび化学品市場規模推定
 
 
7.今後の展望
 石油やガス開発周辺のビジネスの盛衰は、以下のファクターによって左右される。
① 原油や天然ガスの価格動向
② 開発・探鉱企業の開発費用動向
③ 新規に開発された坑井数や坑井数の総計
④ 稼働リグの状況
⑤ 規制動向
⑥ 技術動向
 言うまでもないが、最も重要なファクターは、原油や天然ガスの価格であり、在来・非在来を問わずに開発や生産の動機づけである。原油や天然ガス開発にはかなりの費用がかかり、損益分岐点は原油や天然ガスの価格に大きく左右される。現在シェール以外にも非在来型油ガス田の開発およびそこからの生産が積極的になされているが、新興国などの需要も期待できるうえ、原油価格が高止まりして来たことが大きい。高い開発コストをかけても十分に採算の合う価格が維持されていた。
 図5に、1980年から2014年までのWest Texas Intermediate(WTI)原油価格の推移を示す。テキサス州で産出される超軽量原油の価格推移であり、米国での原油価格取引の指標となっている。このグラフを見れば明確な通り、2004年以降原油価格は急上昇、2009年のリーマンショックで価格は下がったものの、2011年以降は1バレル当り90ドルを超える高値が続いていた。非在来型資源開発がなぜ盛んに行われるようになっているかを端的に示す指標である。
 
図5            図5 北米での稼働リグ数とWTI原油価格推
 
 
 シェールオイル(タイトオイル)生産におけるWTI原油価格の損益分岐価格は、2013年時点で最も安い価格が45ドル/バレル弱(バッケンの一部)、高い方は80ドル/バレル超であった。全米平均では、72ドル/バレルと推定されている。なお、カナダのオイルサンド開発の場合の損益分岐価格は63~65ドル/バレルとのことである。
 この原稿を書いている11月初旬、WTI原油価格は80ドルを割る水準にまで下がっている。原油生産過多と言われており、2014年6月に発表されたAnnual Energy Outlook 2014 (米国Energy Information Administration; EIA)の予測の中心値ではなく下振れシナリオの水準である。前述の通り、平均的には採算割れの価格水準ではないと思われるが、原油価格が下がると、E&P企業の採算が悪化し開発意欲が落ちるので、関連産業市場の縮小やコストダウン圧力もあるだろう。原油価格の動向が気になるところである。

参考資料
『油ガス田での水処理関連技術・市場の最新動向』(シーエムシー・リサーチ)2014年9月29日発行

        執筆担当:吉田優香(調査・コンサルタント)
               ㈱シーエムシー・リサーチ 
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